要旨 わが国の災害時医療対応は,阪神・淡路大震災以後,広域災害・救急医療情報システム,拠点病院の設置等ハード面の対策と共に災害医療教育,訓練などソフト面での取り組みも積極的に実施されるようになってきた。しかし,その後の種々の災害において災害発生初動期の対応の遅れが常に指摘され続けてきた。今後のわが国の災害医療対策の重要な課題は,災害の種類にかかわらず,災害発生初動期における迅速かつ適切な医療対応が実施できるような体制の構築である。そのためには,@地域防災計画の見直し,A地域の平時と災害時の救急医療対応能力の事前評価,B災害医療情報システムの管理調整者の設置や災害拠点病院の効率的な運用の見直し,C現場への迅速な医療救護班の派遣システムの確立(搬送手段を含めた),D救命を主眼とした多機関連携と指揮命令系統の確立,E災害マネージャーや災害医療コーディネーターの育成,F教育・研修システムの充実強化を図る必要がある。
要旨 日本赤十字社は、厚生労働省の委託を受けて実施した,平成10年度から平成13年度までの4年に及ぶ災害拠点病院のデータ分析を行った。その結果,災害拠点病院における災害対策は,ハード面の整備は進んできているものの,計画策定等のソフト面については6割ラインで頭打ち状態が見受けられるなど,まだ十分とはいえない状況にある。また,訓練についてはいまだ低い実施率に止まっている。こうしたことから,今後はより具体的な計画策定等ソフト面への取組みを更に進めるとともに,都道府県などの主導のもと「災害拠点病院連絡会議」などの場において,拠点病院及び医療関係行政機関等の広域連携体制の構築を進める必要があると思われる。さらに作成した計画を検証・改善するために,より効果的・実践的な訓練実施への更なる取組みが望まれる。
宮城 良充、真栄城優夫
要旨 2000年7月に沖縄県でサミット(主要国首脳会議)が開催された。わが国でも医療過疎地である県で,しかも首都より遠く離れた離島県であっため,医療の面でも,大いに危機感をもって対処された。その結果,厚生省,日本救急医学会,沖縄県の協力体制がとられ,わが国始まって以来の災害医療対策がとられた。また,災害時の情報管理が最も重要であることは誰しも認めるが,現実は縦割り行政の中,情報も縦割りとなりこれらを有機的に結びつけるのは難しい。今回,行政,医療,警備,消防による情報の一極集中共有化が実行され非常に有意義であったことが証明された。今後はこの経験が,災害時は勿論,国内の大きなイベントでもいかされるよう望みたい。
佐藤 敏信
要旨 厚生労働省は2001年10月8日に緊急テロ対策本部を設置@炭疽や天然痘等の診断や治療方法,炭疽菌等に汚染されたおそれがある場合における対処方法など,情報提供及び研修を実施。併せてA炭疽の発生をはじめ異常な感染症の発生等を把握した場合の迅速な連絡の要請。さらに,B補正予算に必要な経費を計上し,天然痘ワクチンの生産・備蓄, 救命救急センターへの除染設備及び防護服の配置を推進するなど,必要な措置を講じてきた。なお,天然痘については2002年3月末までに約250万人分のワクチン再生産完了。炭疽に有効とされる抗生物質については,卸・メーカー段階における流通,在庫量を確認し,ほぼ米国並みの量が確保されていることを確認。これらの抗生物質のうち,炭疽に対する効能が承認されているものについても,効能追加完了。
佐々木秀章、玉城 浩、山城 正登
要旨 2001年11月9日11時40分,白い粉のはいった雑誌が売店に返品されたとの連絡がはいった。またその粉は内科外来受付,内科待合でも発見された。社会情勢より炭疽菌による生物兵器テロの可能性が否定できないため保健所とともに対策本部を設置,業務停止措置をとり1階部分を閉鎖した。その後患者の誘導,職員を含めた名簿作成,ハイリスク者の除染,機動隊による消毒,予防投薬,アフターケア等の対策を取り地域の信頼を損ねることなく通常業務への早期の復帰をはかった。予防投薬者は患者,職員を含め409名であった。
結果的にhoaxであったが,炭疽菌に限らずどの種の災害も院内発生する可能性があることを念頭において安全対策を講じていく必要があると思われた。
後藤 義朗、宮崎 悦、郡司 俊夫、釣賀 和也、石川 鐵男、岩村 光子
要旨 有珠山噴火災害において,身障者の避難状況について,アンケート調査を行った。特に,身体障害者・児童は,災害に対する精確な情報確保が困難で,避難所における環境設備,待遇等十分ではなかった。知的障害児については,両親が主に介護担当し,また避難もいち早く自主的に行ったが,避難生活が長期間に及ぶことにより,生活の場の維持に困難となった。一方,独居高齢者や虻田町が介護保険導入に伴いリストされた身障者については,避難情報,避難路手段等が個別に連絡され,避難所への誘導が遂行された。しかし,避難所は段差を含めた構造上の問題,トイレも不備も指摘され,病院・施設へ二次避難となった。障害者への避難時の支援については,障害特性や個別性を考慮すべきである。また,避難に関わる情報は迅速正確に伝達できるシステム構築が望まれ,また,避難所の環境整備もノーマライゼーションの立場からもユニバーサルデザインを優先すべきである。
和藤 幸弘、中村 昭雄、山崎加代子、寺沢 秀一 、Louise K. Comfort
要旨 2000年京福電鉄列車事故におけるトリアージを検証した。@事故現場における救急隊の参集状況,搬送能力,応急処置能力と経時的変化,A事故以前(日常)の搬送先医療機関の収容能力・標榜診療科,搬送に要する時間,B負傷者の状況(数,重症度)と,C医療機関における診断・治療,D負傷者の転帰とを照合し,負傷者全体の転帰を悪化させていないかについて検討した。また,すべての情報から委員会が判断したトリアージカテゴリーを参照した。その結果,適切なトリアージが行われたと考えられた。しかし,この事故の管理ではトリアージタグは使用されなかった。トリアージの啓蒙や訓練とともに,実施されたトリアージを評価する方法を確立し,事後に検証を行うことが重要である。
赤沼 雅彦、桑原 紀之、疋田 浩之、副島 邦利、梅田 信治、白濱 龍輿
要旨 平成12年度全国の陸上自衛隊衛生科部隊(病院,医務室)などに遠隔地医療支援システムが導入された。【目的】平成13年度東京都防災訓練で本システムを実際に運用し,災害時の有用性について検討する。【方法】東京都防災訓練の医療支援訓練において,移動型のシステムを多摩川及び府中基地跡地訓練会場の救護所に各1セットづつ設置し,移動型はPHSを用い,ISDN回線接続している自衛隊中央病院設置の固定型システムと医療情報伝達を実施した。【結果】本システムにより円滑な患者情報伝達が可能であった。しかし,今回はPHSを使用したため回線の突然の途絶が数回みられたが,専門医による診断と助言が十分可能であった。【考察】今回の通信手段は常備のPHSを用いたが,大規模災害時には十分に機能しない可能性もある。通信手段のバックアップが大切と考えられた。被災地内の移動型システムと被災地外の病院からこのシステムを用いた支援は大変有用と考えられる。
加来 信雄
要旨 福岡県下の4ブロックにおいて,平成8年から平成11年の4年間にわたり,一般医師を対象にした,トリアージの反復訓練による習熟効果を客観的に評価することを目的とした救護訓練を計画した。模擬負傷者は30名で,同一の資料と方法を繰り返し用いた。なお,救護訓練は連続3回のトリアージを行い,その習熟効果を評価した。
結果について,平成8年におけるトリアージの正答率は,1回目55%,2回目70%,3回目77%,平成9年は各々88%,67%,77%,平成10年は各々63%,70%,83%,平成11年は80%,87%,87%であった。また,この4年間を通して,平成8年の平均正答率は67.3%で,その後は77.3%,72.0%,84.7%と年毎に上昇した。つまり,習熟効果を大きく期待するには,3回程度の反復訓練が必要である。また,医師によるトリアージの総合評価としての平均正答率は74.7%であった。阪神・淡路大震災以後,年毎に災害トリアージに対する関心度の劣化が伝えられているが,少なくとも,平成8年から平成11年までは劣化傾向は認められず,むしろ,関心度の高まりを認めた。
小原真理子
要旨 本学3年次の災害救護実習プログラムの一環として,トリアージ机上シミュレーションを導入した。目的は,急性期の災害救護活動に必要な判断力を養い,被災者に適切な看護を提供する資質を高めることである。被災想定したうえで,映像やシミュレーションキットなどを取り入れた方法で展開した。対象は学生および現任看護師である。終了後,学生の許可を得て,筆者が作成した自己評価表および自由記載の質問紙を提示し,トリアージ机上シミュレーションの学びについて調査した。得られた結果をもとに,学習効果について現任看護師との比較のうえで検証した。Aグループの場合,トリアージの判断基準の理解および実施に対する自己評価の平均値,トリアージの平均正解率は学生のほうが高かった。自由記載から,学生および現任看護師双方の学びについて共通しているのは,的確な判断力の必要性,判断力を養うための知識と訓練の積み重ねの必要性などであった。この結果から,トリアージする上で臨床経験のある看護師が必ずしも優位というわけではなく,基礎教育で学生に学ばせる効果があることが確認できた。
赤塚あさ子、石川 清、伊藤 安恵、井嶋 廣子、寺西美佐絵、鈴木 伸行、佐藤 公治
要旨 有意義な訓練を実施するためにはその企画が最も重要となる。大規模な爆発事故が発生したとの想定で傷病者約30名の受け入れ訓練を企画した。7つの目標@災害対策本部運用A情報伝達B傷病者受け入れ部門設置C医療救護D災害対応能力確認E災害マニュアルの見直しF社会へのアピールを掲げ,傷病者搬入→トリアージ→治療→病棟への収容までを行った。訓練内容は参加者に知らせ,模擬患者の想定は知らせず,傷病者受付け,検査,レントゲン,処置等は詳細な取り決めを行い事前に説明会を開催した。参加者全員にアンケート調査を実施し評価を行った。模擬患者には防災ボランティアを選び,事前に教育を行い迫真の演技を行わせた。参加者が真剣に取り組むべくマスコミ取材を依頼した。訓練企画は災害対策委員会が行い,実際の訓練には参加せず訓練のコントロール,アドバイスのみを行った。この結果訓練全体を詳細に把握することができた。
武田 多一
要旨 救急医が集団災害の現場でどの様な役割を果たすことができるか,わが国では明解な指針は得られていない。ヨーロッパの幾つかの地方では,救急医の責任と権限を前提にして,集団災害の現場に救急医が駆け付け,トリアージ・救急処置・病院選定・搬送待機等の救急医療に対応する体制を整えている。著者らは,2001年11月にデンマークで開催されたInternational Chief Emergency Physicians(CEP)Training Course on Command Incident Management and Mass Casualty Disastersという,集団災害に対する病院前救急医療体制における現場での救急指導医の役割についての教育コースに参加し,専門家としてのトレーニングを受けた。その経験を基に,災害現場での救急医の役割について考察したので報告する。