日本集団災害医学会会誌 第8巻 第1号 要旨集

JADM abstract Vol.8No1 in english


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  1. 日本版DMATはどうあるべきか?

    村山 良雄

  2. 長野オリンピック冬季競技大会における歯科受診者の分析

    大塚 明子,奥寺  敬

  3. 効果的な国際緊急医療援助活動のための3つの提言
    −現地医療スタッフによるPre-Triage,効率的な医療記録,およびCivilian-Military Cooperation−

    新地 浩一,中村 栄秀,芦田  廣

  4. 集団災害発生時の報道機関と協調した医療機関の情報収集の模索

    中尾 博之,石井  昇,中村 通子,中山 伸一,岡田 直己,高橋  晃

  5. 競技会方式による多数傷病者発生時対応訓練について

    林  靖之,甲斐 達朗,藤井 千穂,谷  暢子,寺師  榮,大橋 教良

  6. 第32回明石市民夏祭り事故の消防活動

    山本  徹,廣瀬幸次郎,上藤 哲郎,中尾 博之

  7. 地方公務員として初めての,国際緊急援助隊派遣の経験

    浅井 康文,重田 祐治,中村 朋子,富岡 譲二,太田 宗夫,山本 保博

  8. 災害医療活動におけるCivilian Military Cooperationの重要性について
    −平成14年度大分県総合防災訓練の経験から−

    岩井 知久,新地 浩一,上田 幸夫

  9. 災害医療チームのヘリコプター降下訓練を経験して

    高橋 誠一,福島 憲治,佐伯 文寿,上原  淳,志賀  元

  10. 英国災害医療認定資格の取得経験

    徳野 慎一

  11. サリン災害の除染訓練に対する評価と課題

    南沢 美和,三浦 京子


  1. 日本版DMATはどうあるべきか?

村山 良雄

要旨 大規模広域災害では外部からの積極的な支援が不可欠であり,医療に関しても,その量や質に考慮が必要である。米国では災害に有効に対応するため,関係する官庁や組織を統括するシステム(NDMS)があり,その一環として災害医療支援チーム(DMAT)がある。わが国は度々,地震・台風・噴火・津波等自然災害による大規模広域災害を経験しているが,米国のNDMSのような災害対応を統括するシステムがなく,多くの場合,様々な組織・団体等によるボランティアの救護班が派遣され,対応してきた。しかし,災害に有効に対応するには,統括するシステムの構築と同時に一定の資格・質を持った災害医療支援チームの編成が待たれるところである。それには,希望者は誰でも参加できる講習や訓練などを通じて,一定の質を保有する災害医療救護班の編成が待たれる。また受講者のみでなく,講師や講習を企画する組織の評価も行い,質の高い教育・研修が行えることが必要である。


2.長野オリンピック冬季競技大会における歯科受診者の分析

大塚 明子,奥寺  敬

要旨 1998年長野オリンピック冬季競技大会オリンピック村総合診療所における歯科受診者の分析を行った。診療はオリンピック村に滞在する選手・役員等を対象とし,オリンピック開催期間前後の28日間,歯科医師1−2名,歯科衛生士1−2名で行われた。設備としては歯科用チェアーユニット2台,歯科用レントゲン装置1台が配備された。
 分析結果は,延べ受診者数は258名で,1日平均受診者数は9.21名であった。主訴は疼痛が最も多かった。診断は,齲蝕,歯周病の順に多く,これらを含め歯牙疾患,歯周組織疾患が大多数を占め,外傷は1例のみであった。処置内容は,充填,根管治療,脱離修復物の再装着など歯牙処置が選手の86%,役員では約50%を占めていた。また観血的処置を要したものは11例のみであった。
 以上の結果から,本イベントにおいては,一般歯科診療所相当の設備が必要であった。


3.効果的な国際緊急医療援助活動のための3つの提言

−現地医療スタッフによるPre-Triage,効率的な医療記録,およびCivilian-Military Cooperation−

新地 浩一,中村 栄秀,芦田  廣

要旨 著者らは,国際緊急医療援助活動を効果的に実施するための3つの重要な提言をする。国際緊急医療援助活動においては,限られたマンパワーと医療資源にも関わらず,大量の患者に対応しなければならないという現実に直面する。このような状況のもとでの医療活動におけるトリアージは大きな困難をともなう。著者らは,1998年11月のホンジュラスにおける国際緊急医療援助活動での経験から,現地の医療スタッフによる一次的な患者の選別(Pre-Triage)を提唱する。特に日本人主体の救援医療チームにとって,現地の医療スタッフ(保健当局や軍の医師等)によるPre-Triageは,組織的な診療活動において極めて有用であった。また,救援医療活動において効率的で使用しやすい医療記録(SMR)を提案するとともに,災害医療におけるCivilian-Military Cooperationの重要性についても提言する。


4.集団災害発生時の報道機関と協調した医療機関の情報収集の模索

中尾 博之,石井  昇,中村 通子,中山 伸一,岡田 直己,高橋  晃

要旨 集団災害発生時には,関係機関は混乱しているので正確な情報が不足している。しかし,特に医療機関は患者対応のためにその情報が必要である。過去の3災害事例から,報道機関と医療機関が情報共有することにより,医療機関側の混乱回避の可能性を指摘した。医療機関は消防だけでなく,今後,報道機関とも協調して情報交換ができるようになることが望まれる。また,医療機関の記者会見への対応方法については,窓口の一本化,報道陣が納得する発表内容と定期的な記者会見の記録および保存等を重視したマニュアル作成が必要である。報道機関が医療機関に対して求める情報は,傷病者氏名(読み方),年齢,住所,重傷度,治療内容,顔写真の6項目を挙げている。これらに従って対応することになれば,マスコミとの不要なトラブルを回避し,ストレス軽減となる。



5.競技会方式による多数傷病者発生時対応訓練について

林  靖之,甲斐 達朗,藤井 千穂,谷  暢子,寺師  榮,大橋 教良

要旨 チェコ共和国でのプレホスピタル技能コンテストに,一つのチームとして参加した。チェコでの競技会では,シナリオステーションの一つがバス横転による多数傷病者発生事例であった。そこで傷病者数の確定,トリアージ,最優先搬送症例の選定等を実施し,ジャッジが評価,採点した。同様の試みを国内でも実施したので報告する。2002年10月29日に千里メディカルラリーを開催した。シナリオステーションの一つをバス同士の衝突事故による多数傷病者発生事例にし,医師,看護師,救急救命士からなるチームに対応させた。結果は,組織的な活動で高得点を獲得したチームから,秩序なく活動したチームまで様々であったが,現場の安全確認に関して減点されるケースが多かった。今回の訓練は,採点,評価がフィードバックされるため,参加者はトリアージや救命処置の習熟にとどまらず,現場での状況判断,チーム内の指揮命令の重要性も認識でき,有意義であったと考えられた。


6.第32回明石市民夏祭り事故の消防活動

山本  徹,廣瀬幸次郎,上藤 哲郎,中尾 博之

要旨 2001年7月21日20時45分頃から50分過ぎにかけて,明石市民夏祭り会場の大蔵海岸とJR朝霧駅を連絡する朝霧歩道橋上で,群集なだれ事故が発生し,死者11名を含む傷病者258名が発生した。
 傷病者が朝霧歩道橋(長さ103m・幅6m)の南北2か所出入り口から分散したうえ,救急車が接近できないために救護活動に支障を来たした。
 消防機関は管轄の明石市消防本部と,隣接する神戸市消防局および加古川市消防本部の協力体制で,救急隊,消防隊など51隊を出動させ,事故発生から全ての傷病者搬送を終了するまで2時間40分を費やした。
 集団災害においては,被災現場の人口密度・災害面積・救急隊接近難易度・救助力・傷病者数・受傷機転および重症度という集団災害救助7要素の把握が事後対策に影響する。集団災害が予想される場合は,早期に災害現場周辺医療機関の収容状況の把握ができるシステム構築の必要がある。


7.地方公務員として初めての,国際緊急援助隊派遣の経験

浅井 康文,重田 祐治,中村 朋子,富岡 譲二,太田 宗夫,山本 保博

要旨 JMTDR(Japan Medical Team for Disaster Relief)はJICA(国際協力事業団)に所属し,1982年に発足したGO(政府機関)の組織である。地方公務員は,1999年まで国際緊急援助隊の海外への派遣に加わることができず,ボランティアとしての意思を生かすことができなかった。このたび,規則の改正により地方公務員として初めて,2001年1月にエルサルバドル大地震の災害医療支援に出動する機会を得たので報告する。エルサルバドルは国内の治安に問題があったが,軍隊および警察の警護を終日受けることができた。9日間の診療で,医師3名で1,573名の患者を診察した。事前の情報に反して,外傷は少なく,呼吸器,消化器疾患,精神的症状の患者が目立った。エルサルバドルの対策本部へは英文報告書を手渡した。内容は,1.衛生のため,トイレの必要性,2.マット,毛布が足りず,寒さと埃のため呼吸器疾患が多いのでその対策,3.寄生虫駆除の必要性,4.女性生理用品の不足などである。同国国防省の発表によると,被害状況は死者726名,負傷者4,421名,全壊家屋は約75,000戸に及ぶとのことであった。今回は現地大使館,JICA本部と青年海外協力隊の強力な支援により,医療に十分専念できた。


8.災害医療活動におけるCivilian Military Cooperationの重要性について

−平成14年度大分県総合防災訓練の経験から−

岩井 知久,新地 浩一,上田 幸夫

要旨 1995年の阪神淡路大震災を契機として,災害時における自衛隊と関係諸機関との協力体制が重要視されるようになった。しかし,警察,消防,自衛隊,日本赤十字社,民間病院等との災害時における協力体制,指揮系統はいまだ確立されていない。著者らは,平成14年9月1日,杵築市における大分県総合防災訓練に参加し,大規模災害時における救援医療訓練に参加した。その概要を報告するとともに,災害時における救援医療体制の改善について検討した。


9.災害医療チームのヘリコプター降下訓練を経験して

高橋 誠一,福島 憲治,佐伯 文寿,上原  淳,志賀  元

要旨 今回,埼玉県の緊急災害救助隊である「彩の国レスキュー隊」の第6回合同訓練に参加する機会を得た。訓練は,すべて現場で判断,指揮するという「事前の打ち合わせなし」の形式で行った。陸路による交通が途絶えたという想定の下,迅速な医療チームの現場派遣を実現するためにヘリコプターからの降下訓練を行った。被災現場ではトリアージ,および現場からヘリコプターへの負傷者吊り上げ,ヘリコプターによる搬送を防災航空隊と連携して行った。このように,他職種と連携して共同の活動を行うことで,お互いの災害活動への理解をより深めることができた。普段からの「顔の見える関係」の構築が災害時の活動に重要であると思われる。


10.英国災害医療認定資格の取得経験

徳野 慎一

要旨 昨今の様々な分野で専門医制度が押し進められる医学界において,災害医療の分野においてはその能力を認定する機関がまだない。多くの医療施設や機関が参加する災害時の救助活動においては,その知識・能力をあらかじめ認定しておくことはスムーズな活動を行う上で有用であると思われる。実際,欧米では,種々の災害医療に関する認定制度や資格制度が導入されている。例えば,英国では国連の平和維持(PKO)活動など,紛争地域での医療活動まで視野に入れた災害医療認定の資格(DMCC:Diploma in the Medical Care of Catastrophes)があり,筆者はその資格を取得する機会を得たので紹介する。


11.サリン災害の除染訓練に対する評価と課題

南沢 美和,三浦 京子

要旨 生物・化学によるテロ災害の危険が高まっているなか,平成14年10月に初めてテロによるサリン災害を想定した訓練を実施した。医療班は防護服・マスク・手袋を着用し訓練に臨んだ。訓練内容は模擬患者をトリアージし重症と軽症に分け,応急処置・除染・入院または帰宅にいたるまでの訓練を実施した。訓練評価から,全体として,@防護服着用により視界が妨げられ,診療行為に影響を及ぼすことから物品を使いやすく工夫する,A声が通らないためコミュニケーションを図る工夫が必要,B気温や環境に対する設備の見直し,重症患者の対応では,@呼吸管理が必要なため,そのための人員の確保が必要,A保温の工夫,軽症患者の対応では,@シャワーの水温調節,A案内表示の工夫,B人員の確保の必要性があげられた。今後これらの問題点の解決に向け訓練を通し検討が必要である。