日本集団災害医療研究会会誌 第2巻 第1号 要旨集
JADM abstract Vol.2 No.1 in english
Leo Bosner
Richard V. Aghababian
Sutrisno Alibasah
越智 元郎 白川 洋一 田中 盛重 新田 賢治
和藤 幸弘 関川 暁 Ronald E. LaPorte Ernesto Pretto
安川 隆子
丹野 克俊 Lucille Gans, MD, FACEP Katharyn Kennedy, MD
Richard Aghababian, MD, FACEP 伊藤 靖 金子 正光
松尾 吉郎、鵜飼 卓、月岡 一馬、鍛冶 有登、塩見 正司、広常 秀人、鶴原 常雄
栗田 聡、行岡 秀和、新藤 光郎、西 信一、浅田 章
坂田 育弘、高橋 均、植嶋 利文、金井 透、吉岡 加寿夫、八木 和郎
山口 孝治、沼田 恭一、金成 正人、大原 毅
河野 元嗣、大橋 教良
河口 豊
1,Key Activities of the U.S. Federal Emergency Management
Agency
(米国連邦緊急管理庁の主たる活動)
Leo Bosner
Program Specialist Federal Emergency Management Agency
要旨 大災害時には道路と橋梁の損壊やライフラインの停止を伴いがちであり,病院も被災して,入院患者の避難を要することがある。数日から数週間経つと,水不足,虫刺され,冷蔵庫不足,避難所でのプライバシーのない生活,等々が疾病を増加させ,災害のために治療が遅れた一般外傷や疾病が人々の生命を脅かす。医療従事者は多数の被災者の治療のために消耗する。日本や米国のような先進国では平時には十分な医療資源を備えているが,災害時にこれらの医療資源を有効に活用するには,組織化と協同利用が重要で,政治的公的支援を必要とする。滅多に起こらない出来事に備えて資金を使うことに平時には抵抗がある。しかし一旦災害が起こるとニュースメディアで災害を知った人々から迅速かつ効果的な対応を要求する声があがる。
本稿では主として災害医学関係者の関心が高いと思われるFEMAの活動を紹介する。
1) FEMAの使命と組織,2) 連邦災害対応計画,3) ニーズを迅速に評価するフィールドアセスメントチーム,4) 都会での探査・救助プログラム(SARの支援),5) 州や各コミュニティーの災害対応計画立案のためのガイドライン,6) 国立緊急訓練センターでのトレーニングと教育,7) 医療界が興味を持つであろう災害復旧と防災に関する考察,8) FEMAの新たな取り組み,9) 国家緊急管理プログラムについての総括。
キーワード:災害,非常時,米国連邦緊急管理庁
2,Planning for the Management of the Injuries and
Illnesses that Result from Disasters
(災害により生じる外傷や疾病や管理)
Richard V. Aghababian
Department of Emergency Medicine, University of Massachusetts
要旨 災害医学は大災害の被災者の医療について研究する学問であり,この新しい学問の基礎は,災害が人々に及ぼす様々な外力やストレスを支配することから始まる。人々への危害の加わり方を知れば,災害時の医療需要を予測したり被災者の受ける外傷を予見して,犠牲者を減らすことに役立つ。地殻の動き,溶岩の流れ,強風や高波,急激な気温の変化などに伴って自然災害が生じるが,これらの自然現象が,その地域に住む人々にとって危険な外力や温度エネルギーの変化を生じる。ビル崩壊,火災,爆発などの人為的災害時には,人々が瓦礫の下に閉じ込められることが少なくない。壊れた建造物が直接に人を傷つけることもある。このほかに,交通事故や科学物質曝露といった類の人為的災害もある。
災害医療を担当する人々は,災害のおおよその規模と被災者数のデーターを迅速に把握できる能力を身につけるべきである。そしてそのデータを,対応に必要なマンパワーと物質の準備のためにすぐに利用できなければならない。災害医療専門家の究極のゴールは,できる限り多くの被災者に可能な限り短時間に適切な医療を提供して,ほぼ満足できる結果を導くように,必要な資源を展開させることにある。そして救助・救援関係者を危険に曝すことなくこの目標に到達するのが理想である。
キーワード:災害対応計画,災害疫学,災害対応,災害予知
Sutrisno Alibasah
Department of Emergency Services Soetomo Hospital, Surabaya, Indonesia
要旨 インドネシアは約13,700の島からなる群島で,約1億9千万人の人口を擁する大国である。少なくとも78の活火山があるほか,地震,津波,洪水,地滑り,大火災,旱ばつなどの自然災害に加えて,各種の人為的災害にも事欠かない。スラバヤはインドネシア第2の大都市で,人口は約350万人である。医療の中心はストモ病院(エアランガ大学付属病院)であるが,軍(ことに海軍)や警察,その他の行政組織とも密接な連携を保ち,災害対応に努めており,東インドネシアで発生する災害の医療の核病院として位置づけられている。そこで,ストモ病院では市民防衛隊,ボーイスカウト,あるいはNGOの人々への災害救急医療教育を実施している。また,スラバヤ市内,市外病院群との連携を図り,災害時の標準的な対応手順も定めている。電話と無線による情報システムも重要な災害対応機能の一つである。
キーワード:災害対応準備,市民防衛,救急医療システム
4,The Global Health Disaster Network (GHDNet) の構想について
越智 元郎* 白川 洋一* 田中 盛重** 新田 賢治*3
和藤 幸弘*4 関川 暁*5 Ronald E. LaPorte*5 Ernesto Pretto*6
*愛媛大学救急医学,**愛媛大学総合情報処理センター医学部分室,*3市立宇和島病院麻酔科,*4金沢医科大学麻酔科,*5Department of Epidemiology, Graduate School of Public Health University of Pittsburgh, *6Safar Center for Resuscitation Research, Department of Anesthesiology and Critical Care Medicine, University of Pittsburgh
要旨 The Global Health Disaster Network(GHDNet)は災害医療に関与する様々な立場の組織や個人を,インターネットで結びつけるために計画された。これは日本を基盤としたネットワークであるが,世界各国の救急災害医療関係者との連携も視野に入れている。GHDNetには以下の3つの主要な活動がある。1)GHDNetのウェブサイト(http://hypnos.m.ehime-u.ac.jp/GHDNet)を立ち上げ,さらに救急災害医療の分野の20を超える組織や個人のホームページ発信を支援している。2)併せて4つのメーリングリストを運営し,救急災害医療関係者のネットワークづくりに努めている。3)世界救急災害医学会をはじめとする関連学会の,インターネットを用いた情報発信を支援している。GHDNetは将来の大災害において,インターネットを用いた重要な情報ネットワークの役割を果たすことが期待される。
キーワード:大災害,情報伝達,インターネット,ネットワーク
安川 隆子
世界保健機関・人道緊急援助部・アジア西太平洋地区担当
要旨 地震や難民発生などの災害時に世界各国から様々な援助物資が届けられるが,医薬品については無秩序な供給は時として人の健康を脅かすことにつながる。また,その整理や分配のために貴重な専門家の甚大なエネルギーを必要とし,二次災害となりうる。先進諸国やWHOは災害時といえども無秩序な医薬品供与は避け標準的なものを必要とするだけ,迅速に被災地に送るよう努力している。
災害医療への取り組み
丹野 克俊* Lucille Gans, MD, FACEP* Katharyn Kennedy, MD*
Richard Aghababian, MD, FACEP* 伊藤 靖** 金子 正光**
*Department of Emergency Medicine, University of Massachusetts Medical Center 、 **札幌医科大学医学部付属病院救急集中治療部
要旨
[目的]災害教育・管理の理想的な普及啓発法の模索。
[方法]マサチューセッツ州立大学附属病院(University
of Massachusetts Medical
Center;UMMC)における防災計画,災害対策を経験を加え検討した。
[結果]UMMCは救急医学講座の中にプレホスピタルケア部門と災害医学部門をもち,災害医療に対する取り組みを積極的に行っている。代表的な活動として,@病院独自の病院内外における防災計画,A周辺の医療関係者を含む災害医療支援隊(disaster
medical assistance
team;DMAT)の活動,そして,B災害・救急医学協会(Institute
for Disaster and Emergency Medicine;IDEM)がある。
[結語]UMMCでは様々な活動を通して災害医学に対する理解を深めている。平素からのこのような取り組みが人々の意識を高め災害時効果的に働くと考えられた。
松尾 吉郎* 鵜飼 卓* 月岡 一馬* 鍛冶 有登*
塩見 正司** 広常 秀人*3 鶴原 常雄*4
*大阪市立総合医療センター救命救急センター 、 ** 同・小児科 、 *3 同・児童青年精神科 、 *4 大阪府救急医療情報センター
要旨 平成8年7月10日頃より大阪府堺市内で発生した腸管出血性大腸菌Oミ157による集団食中毒事件は集団災害の様相を呈した。大阪市立総合医療センターでは近隣基幹病院としてHUS合併患者6名を含む23名の患児の入院治療を行った。医療センターでの治療体制は満足すべき結果であったが,発生当初,集団災害に対する認識はやや乏しく,地域の医療機関が麻痺状態に陥れば集団災害であるという認識をもつことが重要であると痛感した。
大阪府救急医療情報センターは
@搬送先の確保,
A情報センター医師による病状確認と搬送先の選別,
B重症者の分散入院に重点をおいたトリアージを行った。
その結果,大阪府下44施設に152名の重症者の分散入院に重点をおいたトリアー患者を分散入院させることができ,堺市内医療機関の混乱を除けば,比較
的円滑にトリアーのジを実行できた事例であった。
8,腸管出血性大腸菌O157(E.coli O157)による堺市集団感染の際の大阪市立大学附属病院の対応と問題点
栗田 聡* 行岡 秀和** 新藤 光郎** 西 信一*3 浅田 章*
* 大阪市立大学医学部麻酔・集中治療医学教室 、 ** 同・救急部 、 *3 同・集中治療部
要旨 1996年7月,堺市内で6,000名以上のE.coli O157による集団感染が発生し,規模の大きさ,小児が中心であること,溶血性尿毒症症候群という重篤な合併症を有することから特殊大災害と考えられた。本院救急部は発生当初より積極的に患者受け入れを行い,大阪府救急医療情報センター,堺市O157対策本部,当院人工腎部からの情報をもとにして17例が入院した。院内に救急部,小児科,人工腎部,血液内科,集中治療部などによる合同治療チームを結成し,治療方針を決定した。溶血性尿毒症症候群4症例のうち,3症例に対しては血漿交換を施行した。全員軽快退院した。当院における患者情報,治療方針はインターネットを通じて発信するとともに,他施設の患者情報,治療情報を収集した。大災害においては大学病院は基礎医学的研究を含む広範囲な情報を発信する責務があると考えられるが,インターネットによる情報交換は極めて有用と思われる。
坂田 育弘* 高橋 均* 植嶋 利文* 金井 透* 吉岡加寿夫** 八木 和郎**
* 近畿大学救命救急センター 、 ** 同・小児科
要旨 1996年7月に大阪府堺市の小児学童に集団発生した病原性大腸菌O157による細菌性食中毒に対し入院治療を行った31例について報告した。その結果,1)31例のうち二次感染と思われる4例を除いた27例の全ての患者は,7月11日と12日に腹痛,下痢,血便などの初発症状がみられた。2)31例のうち17例に溶血性尿毒症症候群(HUS)を合併した。これら重症者の入院日は7月18日がピークであった。3)HUSの治療は可能な限り保存的治療とし,血液浄化療法は適応基準を満たした5例にのみ施行した。4)O157感染による集団中毒の対策として,@自治体行政機関において公衆衛生面より発生源となる食品の十分な管理と発生した場合の広域感染対策と二次感染予防。A医療機関における治療としてHUSなどの重症化を防ぐための適切な初期治療。以上の目的で対策マニュアルを作成し,対応できる体制を整備することが重要である。
山口孝治* 沼田恭一** 金成正人*3 大原 毅*4
* 横須賀共済病院外科 、 ** 同・中央放射線科 、 *3 横須賀市医師会長 、 *4 横須賀共済病院長
要旨 医師会・消防本部・支援病院・行政機関が連携をとり,横須賀市において初めて医師・看護婦が参加し大型バス救出訓練を実施した。この訓練は災害医療に関係する機関が連携をとり,災害現場での負傷者の救出・救助は緊急度順に行われ,医師等による2回目のトリアージの後重傷者を基幹病院へ搬送した。この一連の流れは災害現場での緊急対応に関する事項を満たしていたが,トリアージポストが事故現場の横であり火災などの二次災害の発生を考えると危険であったことや,看護婦・救命士の役割が不明確であったことなど災害医療の適切性においては実際的でなはなかった。搬送先の当院でも病院内の連絡と指揮命令系統の確立や緊急時の職員の確保など災害時の緊急対応について実際的ではなかった。しかし,アマチュア無線の利用により災害現場の状況が病院で把握できたことは非常に有効であった。今回の訓練はショー的要素が強くまさしく形骸化したものであったが,今後の課題が発見でき効果的であったと考えられる。
河野 元嗣 大橋 教良
筑波メディカルセンター(救命救急部)
要旨 1996年7月15日14時30分頃,茨城県下館市西部の地域で,突風が吹き,激しい雹(ひょう)が降った。被害は直径約4kmの範囲で極めて限局して発生し,風向は被害地域の中心から放射状に広がっており,本事例は国内最大最強のダウンバースト(下降噴流)と確認された。この突風により20名の死傷者があり,軽傷18名,中傷1名,死亡1名であった。死亡者は飛来物により頭部を打撲し3日後に死亡した。ダウンバーストは突発的に発生するため,予知が困難で回避することが難しく,時に重篤な被害をもたらす。本事例の死亡症例に救命の可能性があったとしたら,それは救助搬送治療ではなく予防が重要であったと考えられる。何らかの警戒情報があれば予防できたかも知れない。発達した雷雲には常に突風の危険があることを認識した上で,現段階での予防策として,雷注意報が発令されたら,堅牢な屋内の中央部に避難し,ガラス飛散等から身を守ることが賢明と考えられた。
河口 豊
国立医療・病院管理研究所
要旨 大震災時における病院の建築・設備の脆弱性について,阪神・淡路大震災後の調査結果から論述し,それへの対策の基本も述べた。1) 建築の構造上の問題として,構造基準が改定された1971年と1981年を境に建築された年代を3区分してみると,1971年以前の建物の被害は大きく,1982年以後は小さかった。2) 機能上の問題としては次の点を指摘した。@ライフラインの停止が病院のエネルギー確保を困難にさせたが,その程度は病院により異なった,A院内エネルギー設備の稼動は担当者の対応でかなり異なった,B医療設備・機器の被害も差があったが,技師等が早急に復旧させたり,他の手段で代替えし,緊急時医療機能を確保した,C緊急時医療のための物品は約1週間分を利用しながら確保する,D災害時の施設管理のために教育訓練が必要である,E震災後の3日間の初期医療を確保する機能復旧と早期の病院回復を図る。最後に病院の耐震性とともに災害自体を小さくする都市の防災性能を高める必要がある。