日本集団災害医学会会誌  第4巻 第1号  要旨集

JADM abstract Vol.4 No.1 in english


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  1. シミュレーションによるインフルエンザワクチンの接種時期の推定

    前川 宗隆 , 鎌江 伊三夫

  2. 震災時に医療機能を早期回復するための診療機器等の日常点検に関する研究

    河口  豊 , 内藤 秀宗 , 松山 文治 , 岡西  靖

  3. 静岡県内病院のDisaster Planに関するアンケート結果報告

    青木 克憲 , 吉野 篤人

  4. 長期化したアフガン難民の現状

    金田正樹 , 国井  修

  5. 日本赤十字社の被災者救護への取り組み豪雨災害(平成10年夏)救護活動を振り返って

    鈴木 伸行 , 大脇 睦彦 , 槙島 敏治 ,堀 乙彦 ,  田中 豊

  6. 野外で使用できる足踏み式人工呼吸の工夫

    福家 伸夫 , 世良田 和幸 , 前田  岳

  7. インターネットを用いたカンボジア洪水後の蛇毒血清入手のための情報支援

    越智 元郎 , 白川 洋一 , 朝日 茂樹 , 鳥羽 通久 ,関川 暁 , Ronald E. LaPorte, PhD

  8. コロンビア共和国震災に対する国際緊急援助隊医療チーム活動について

    瀬尾 憲正 , 箱田 滋 ,  大友 康裕

  9. 紹介論文  
    Mortality and Morbidity Among Rwandan Refugees Repatriated from Zaire, November, 1996

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1,シミュレーションによるインフルエンザワクチンの接種時期の推定


前川 宗隆  鎌江 伊三夫

神戸大学都市安全研究センター

要旨 健康上脆弱な高齢者や幼少者のインフルエンザ流行による犠牲は毎年当然のように繰返し報告される。インフルエンザ対策を公衆衛生上最重点課題としている欧米を中心とした諸外国では,高危険群に対する公的保険によるサポート体制が確立され,死亡予防効果が高いワクチン接種が積極的に推進されている。しかし,我が国においては,ワクチン対策の科学的立案のための定量的研究がほとんど行われていない。そこで,阪神淡路大震災後に行われたインフルエンザワクチンの緊急接種の科学的根拠を検証するために,インフルエンザのワクチン接種の問題の情報学的側面に理論的検討を加えた。まず,ワクチンのリスク評価のための意思決定分析モデルを作成し,それにもとづいて,有効な接種時期の推定を行った。その結果,ワクチン接種開始期限に関して,流行期のサーベイランス情報を基にした定量的な具体例を得ることができた。今後,流行規模や動向の把握と合わせて,本論で示すような情報学的分析行うことは,集団生活施設への感染防止対策の勧告や措置,医療体制・医薬品の確保維持などの危機管理対策への重要な指針となる。

キーワード:危機管理,意思決定論,インフルエンザ,ワクチン

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2,震災時に医療機能を早期回復するための診療機器等の日常点検に関する研究


河口  豊*  内藤 秀宗*2  松山 文治*3  岡西  靖*4

* 広島国際大学教授
*2 甲南病院副院長
*3 甲南病院事務長
*4 防災都市計画研究所研究員

要旨 大震災の直後から診療機能を回復させるため,診療機器等の早期復旧が可能なように病院職員が診療機器等の日常的に使う点検リストを作成し,その実用性を検証した。研究会は阪神・淡路大震災の被災地中心部の近くで,震災直後から積極的な診療活動を展開した病院及び診療機器の復旧に直接携わった企業を中心に組織した。最初に震災時,病院に期待する条件の設定,およびその条件下で診療機能を発揮するのに必要となる診療機器の選別を,それぞれ災害時の活動経験を下に行った。次に対象機器に関するメーカーへの調査結果から,機器の特性に応じた震災対策をまとめ,病院職員が自ら点検を行うことを前提に日常点検リストの作成を試みた。その点検リストを使い災害拠点病院で実地調査を試行しリスト内容の見直しを行った。この機器点検リストと点検方法は災害拠点病院でも有用性が高く,防災整備計画の参考としても使えるとの結論に達した。

キーワード:震災,医療機能,診療機器,日常点検

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3,静岡県内病院のDisaster Planに関するアンケート結果報告


青木 克憲  吉野 篤人*

  浜松医科大学救急部助教授
* 県西部浜松医療センター総合診療部長

要旨 数年〜数10年以内に発生が予想される東海大地震に対する病院の備えを検証するために,「病院のDisaster Plan」に関する静岡県下基幹病院29施設のアンケートを平成8年から3年間行ったが,ほとんど改善されていない。すなわち,ライフライン関係では,地域防災無線の使用について日常的に使用されていない,2/3の施設が24時間以上の断水に耐えられない,非公開着信専用電話リストを持つ施設は半数以下のままであった。傷病者の受け入れは,80%の施設が500人以内の体制を準備し,入院可能数を定床数の0.7倍とする県の方針を遵守しているが,ヘリポートを所有している病院あるいは航空法上場外離着陸場の申請をしている病院は6病院しか無く,健常地域への傷病者搬送に重大な支障を来す可能性がある。また,県内病院間の連絡体制についてもいっそうの取り組みが必要と考えられた。

キーワード:Disaster plan,東海大地震,災害備蓄,救急医療情報システム

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4,長期化したアフガン難民の現状


金田正樹*   国井  修**

* 聖マリアンナ医科大学東横病院整形外科
** 国立国際医療センター国際医療協力局

要旨 アフガニスタン内戦の長期化は260万の難民を生み出した。政府がPKO法に基づき人道援助専門家グループHUREX(Humanitarian Relief Experts)を発足させたことを機にアフガン難民の現状をパキスタンとイランで調査した。両国におけるキャンプの衛生環境,衛生教育,健康管理には大きな差を認め,パキスタン側は政府,国連機関,NGOなどの援助が効果的に機能しており,その生活環境は及第点に近いと思われた。しかし,イラン側はNGOの活動を認めていないこともあり難民にとっては厳しい生活環境であった。アフガン難民の今後の問題は和平後の難民帰還である。これにはアフガン本国の医療環境の整備と帰還時の彼等の健康管理が大きな問題であり国際的な援助が必要となる。その時には日本の援助の一つとしてHUREXがその復興に積極的に関わるべきと考える。

キーワード:Afghan refugees , Health management , Repatriation , Japanes aids

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5,日本赤十字社の被災者救護への取り組み豪雨災害(平成10年夏)救護活動を振り返って


鈴木 伸行* 大脇 睦彦* 槙島 敏治** 堀  乙彦*** 田中  豊***

* 名古屋第二赤十字病院
** 赤十字医療センター
*** 日本赤十字社

要旨 日本赤十字社は阪神淡路大震災の教訓を踏まえた新たな救護体制として広域支援救護体制の構築を進めてきた。従来、日本赤十字社の救護活動は、被災地県支部の活動に加え、東京本社が他県支部に応援出動を指示しながら行ってきたが、広域支援救護体制では他県支部は本社の指示を待たずに自主的に支援活動を開始することができるようになった。平成10年に多発した豪雨災害では、日本赤十字社は広域支援救護体制による活動を実施し、被災地近隣支部の迅速な初動によりのべ1100人に上る被災者救護を展開するとともに、赤十字防災ボランティアの協力を得た救援物資の適切な配分を行うなど、広域支援救護体制の有効性が実証された。

キーワード:日本赤十字社,災害医療救護,医療救護班,豪雨災害,洪水災害

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6,野外で使用できる足踏み式人工呼吸の工夫


福家 伸夫*  世良田 和幸**  前田  岳**

* 帝京大学医学部付属市原病院集中治療センター
** 昭和大学医学部付属藤が丘病院麻酔科

要旨 災害急性期に代表されるような劣悪な医療環境でも,危機的な急性呼吸不全に対して人工呼吸療法を行わねばならない場合がある。低酸素症対策は即時に開始し,かつ持続的に維持しなければならないため,電気,高圧ガスの供給がない状況でも,行わねばならない可能性が高い。従来からある自己拡張式蘇生用バッグ(Ambu ィ)は用手的にバッグを圧縮するため,片手あるいは両手が換気に忙殺され,他の業務の支障になる。そのため足踏み式換気装置を考案した。本来はアウトドアレジャー用の足踏みふいごであり,蛇管と一方向弁を組み込んだ。一方向弁としては,アンビュ(Ambu )ィバッグや携帯型人工呼吸器であるオキシログ(Draeger)ィの弁が利用できる。弁がなくとも,AyreのT管のように開放孔を指で開閉して,呼吸リズムをつくることも可能である。これは麻酔器のリザーバー・バッグに接続して全身麻酔用呼吸器として使用することもでき,100例以上の麻酔症例に使用して問題はなかった。

キーワード:足踏みふいご,人工呼吸,麻酔

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7,インターネットを用いたカンボジア洪水後の蛇毒血清入手のための情報支援


越智 元郎* , 白川洋一* , 朝日茂樹** , 鳥羽通久***,
関川暁**** and Ronald E. LaPorte, PhD****

* 愛媛大学医学部救急医学,
** Western Pacific Regional Office, Emergency and Humanitarian Action, WHO
*** Japan Snake Institute, Japan
**** Dept. of Epidemiology, University of Pittsburgh

要旨 インターネットを用いた災害情報ネットワークである The Global Health Disaster Network (GHDNet) による情報支援が、カンボジア洪水後の蛇毒血清入手の活動に寄与した。1997年8月6日、カンボジア政府からWHO西太平洋支部、緊急人道局(EHA)に100人分の蛇毒多価血清を入手したいという要請があった。同国では最近のメコン川の大洪水により、多数の蛇咬傷の発生が予想されていた。しかし、EHAでは依頼のあった時点で、何種類かの単価血清を確保できたに過ぎず、またカンボジアに生息する毒蛇の種類やどこで血清を入手できるかについての情報を持っていなかった。EHAからGHDNetを経由して、関連メーリングリストに問い合わせの電子メールが送られ、その結果、日本蛇毒センターおよびインド血清センターとの連絡が取れた。血清がカンボジアへ空路送られたのは8月16日であった。この事例から、インターネットおよび国際的な規模で各種の専門家を結びつけることのできる災害ネットワークの有用性が確認された。

キーワード:情報伝達、災害、蛇毒血清、インターネット

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8,コロンビア共和国震災に対する国際緊急援助隊医療チーム活動について


瀬尾 憲正*  箱田  滋**  大友 康裕***

* 自治医科大学大宮医療センター
** 関西医科大学
*** 国立病院東京災害医療センター

要旨 1999年1月25日午後1時19分(現地時間),マグニチュード6の地震がコロンビア中部のコーヒー地帯で発生した。コロンビア政府の要請により,日本から国際緊急援助隊の救助チームと医療チームがキンディオ県の首都アルメニアに急きょ派遣された。医療チームは,被災4日目から,医療活動を開始した。電気・通信手段や交通手段が制限され,しかも治安状態が悪い状況のもとで,8日間滞在し,3カ所の診療所を開設し,延べ1355名の患者の治療を行った。今回の診療活動の特徴は,宿舎および活動拠点が未決定のまま災害早期の混乱期に遂行されたことである。今回,医療チームとして予想以上の診療活動を無事に遂行することができたのは,現地の多くのカウンターパートとの協力体制,現地大使館職員・JICA職員,青年海外協力隊員,現地ボランティアなどの方々の支援と協力によるところが大きい。

キーワード:災害援助,地震,医療援助

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9,紹介論文 

Mortality and Morbidity Among Rwandan Refugees Repatriated from Zaire, November, 1996


Nicholas Banatvala, MFPHM; Alison J. Roger, MFPHM; Alisa Denny, SRN; Johon P. Howarth, MRCGP
Prehospital and Disaster Medicine, 13(2): 93-97.1998.


要旨 はじめに:1996年9月末,部族抗争が再燃して,ツチ族反乱軍とザイール軍との戦闘が1994年の大粛清以来ルワンダのフツ族約70万人が居住していた北キブ地方(ザイール)で広がった。11月15日に反乱軍がキャンプの武装勢力に大規模な攻撃を仕掛けると,難民が北キブの首都ゴマを通過してルワンダに向けて大移動を開始した。このような人々の大移動の際には,相当な死亡率・罹病率の増加が予測される。
目的:1996年11月のルワンダ難民の帰還に関連する死亡と罹病のパターンと健康管理問題の研究。
方法:本研究においては,ルワンダ・ギセンニ地区とザイール・ゴマ地区の保健施設の機能を観察し,ザイールからルワンダに帰還した難民の死亡率・罹病率を検討した。死亡・罹患,ヘルスケアのパターンは主に死亡率と保健センター(診療所)への受診率から分析した。
結果:1996年11月15日から同月21日の間に,約55万3千人の難民がルワンダに帰国し,4,530人(難民1,000人当たり8.2人)が国境の簡易診療所を受診した(水様性下痢6.3%,血性下痢1%)。2週間の間にギセンニ病院に129名(0.2/1,000)の外科的入院(その72%は軟部組織損傷)があった。この期間の保健センター13カ所の平均受診者数は1日500名であった。記録された全死亡率は0.5/10,000(すべて下痢と関連)であった。3,586体の遺体が難民キャンプとゴマ周辺で確認されたが,その死因は殆ど外傷によるものであり,大移動以前の数週間に死亡したと思われた。保健センターは大混雑し,1994年当時の経験から予測されていた物資などの不足が再度生じることとなった。
結論:非外傷の死亡率は低かったが,これは移住前の人々の健康状態と1994年のコレラの流行時に獲得した免疫状態を反映するものであろう。保健施設には大変な負荷がかかったが,その主な理由は1994年の粛清によりヘルスケアワーカーが不足していたことである。既存の保健システムと保健施設は十分効率的に機能した。

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