日本集団災害医学会会誌 

 第5巻 第2号  要旨集 2001年1月

JADM abstract Vol.5 No.2 in english


Return JADM top page

1.新しい災害 −人道的危機−

喜多 悦子

2.災害拠点病院の問題点

村山 良雄  小菅 浩文

3.地域防災計画に基づいた災害拠点病院の役割とあり方について

―群馬県の実例から―

饗場 庄一   塩崎 秀郎   池谷 俊郎  小川 哲史 
宮崎 瑞穂   中野  実    提箸 延幸

4.災害拠点病院の今後をどう考えるか

─災害拠点連絡協議会の意義とその問題点を中心に;私的病院の立場から─

石原  哲

5.災害拠点病院における災害救援医療チーム派遣の準備状況

和藤 幸弘  小川 恵子  浅井 康文  青野  允

6.大地震発生時における東京消防庁の救助・救急活動計画の概要と運用上の課題

水崎 保男

7.災害時におけるヘリコプター搬送

−大型ヘリコプターを用いた災害訓練の経験から−

本間 正人  大友 康裕  原口 義座  辺見  弘

8.「こころのケア・トレーニング・マニュアル」の検討と再構築について

三谷 智子  林  春男

9.台湾地震に対しての国際緊急災害医療支援の経験

青木 重憲  徐  嘉英   劉  孟娟   清水 徹郎
小芝 章剛  中村 燈喜  橋爪 慶人  鈴木 隆夫

10.台湾地震災害救済国際緊急援助隊医療チームの活動

近藤 久禎  小井土雄一  中田 啓司  多田 章美
毛塚 良江  宮崎 朋子   嶋田 英子  山岸  勉
藤谷 浩至  三浦喜美男  伏見 勝利  山本 保博

 

 

 


1.新しい災害−人道的危機−

喜多 悦子

日本赤十字社国際部ヘルスコーディネータ

要 旨 冷戦構造終結後の世界には“Complex Humanitarian Emergency(CHE)”と呼ばれる,地域武力紛争が頻発している。CHEは貧困や低開発が存在する国や地域で,宗教や民族性の違いなど,さまざまな潜在要因がからみあって発生する武力紛争で,多数の難民や国内避難民を生み,食糧不足や非衛生な状況が加わって過剰の死亡や罹患を来す。CHEでは,大量殺戮(genocide)や民族浄化(ethnic cleansing)など,人権問題として扱われる事態を来しやすく,救援側の安全も保障されないことが多く,これまでの災害とは異なる救援体制が必要である。過去の人道援助がCHE再発予防に効果的でなかったことから,国際社会では,人権(human rights)や倫理(ethics)を採り入れたり,個人レベルのPTSDをより広い地域社会の精神衛生の問題として扱う新しい試みも始まっている。保健分野では,「平和のための保健(health as a bridge for peace)」など,紛争予防(conflict prevention),平和構築(peace building)を組み込んだ計画もある。今後の国際協力には,緊急援助と開発協力の連携,自然災害とCHE救援の統合なども図りつつ,保健医療技術のみならず,新しい理念の修得も必要で,人材養成,研究機能をもったセンターの創設が必要であろう。

キーワード:人道的危機,紛争,集団殺戮,難民,国内避難民

INDEX


2.災害拠点病院の問題点

村山 良雄  小菅 浩文

国立明石病院外科

要 旨 災害対応改善策の一環としてすでに492施設が災害拠点病院に指定されている。しかし,その指定要件のうち,ヘリコプター搬送という点では大きな問題がある。病院敷地内や隣接した場所にヘリポートを確保できている拠点病院は全体の17%に過ぎず,約半数の施設では院外にヘリポートを想定しており,そのなかでは最遠施設はヘリポートまで15kmであり,緊急時のヘリコプターによる搬送に支障がある。今回の航空法の改定を契機に,拠点病院の近くにヘリポートを確保すべく検討が必要と考えられた。また阪神・淡路大震災では,人口密集地にあるハイテク病院の多くがその機能を低下させたことから,災害拠点病院は断層から離れた人口密集地の周辺に所在することが望ましいと考えられた。

キーワード:災害,病院,ヘリコプター

INDEX


3.地域防災計画に基づいた災害拠点病院の

役割とあり方について

―群馬県の実例から―

饗場 庄一*1 , 塩崎 秀郎*1  , 池谷 俊郎*1  , 小川 哲史*1
宮崎 瑞穂*2  , 中野  実*2  , 提箸 延幸*3

*1前橋赤十字病院外科 , *2同救急部 , *3同形成外科

要 旨 1995年1月の阪神・淡路大震災の後,国の政策として災害拠点病院構想が打ち出された。平成10年の第26回日本救急医学会や平成11年の第4回日本災害医療研究会で全国48〜49の基幹災害医療センターにアンケートした結果が報告された。回答率は良好であるが病院対応のマニュアルを作成している施設は37〜40%に満たない低調ぶりが明らかにされた。災害拠点病院の整備計画はハード面で開始されているのに,指定を受けた病院側に積極的対応が悪いようである。各都道府県や市町村には類似した地域防災計画があるので,災害拠点病院との関連について検討した。災害医療の予防や災害医療救護活動等が記載されている。これらを指針として災害時に多くの病院が協調性を保ちながら活動もできるように,日頃からの役割分担や指揮命令系統の確立を含めて,地域防災計画に基づいた災害拠点病院構想実現について提言する。

キーワード:地域防災計画,災害拠点病院,災害時患者搬送体制,災害時病院間協調体制,災害対応訓練

INDEX


4.災害拠点病院の今後をどう考えるか

─災害拠点連絡協議会の意義とその問題点を中心に;
私的病院の立場から─

石原  哲

医療法人社団誠和会 白髭橋病院

要 旨 災害時,緊急医療援助の鍵となるのは,各医療チームの相互の医療における共同作業性(Cooperatively)と相互運用性(Interoperability)であり,そのためには、多数傷病者管理システム(Mass Casualty Management System)が必要であろう。システムの目的は災害により発生した大量の傷病者に対し,その生命および損傷を最小限にするための標準化であり,救助に関わるすべてのグループが限られた要員と資材を有効に使うための,共同作業と相互運用の標準化と考えている。そのため医療に限らず他職種の組織との連携が重要であり,救難連鎖(Rescue Chain)を形成しておくことが重要であろう。傷病者を被災地域から捜索・救助、トリアージ,応急処置,後方搬送,病院トリアージ,収容と連携し,1つの救護所からピラミッド型に各組織が梯形編成(Echeron)され,裾野が広がっていなければならない。災害拠点病院といえども被災者すべてを収容できるはずもなく,公私すべての医療機関で連携が必要なのである。このためにも中小病院が災害対策を行っておかなければならず,病院防災マニュアルの標準化が必要である。われわれは,全日本病院協会を通じ,被災地外からの医療班の受け入れ訓練,ボランティアの受け入れ訓練,後方搬送訓練等を広域に企画実施し,その標準化を考えてきた。行政,とくに都道府県が行う災害対策があくまで基盤であり,われわれはこのシステムに追随することが原則である。しかし,各医療機関が独自の対応策をもつこともきわめて重要であり,今後さらにきめ細かなネットワークづくりを怠らず,実践的な災害対策に向け活動する必要があると考えている。

キーワード:災害拠点病院,救難連鎖,ネットわーっク

 

 

INDEX


5.災害拠点病院における災害救援医療チーム派遣の準備状況

和藤 幸弘*1  小川 恵子*2  浅井 康文*3  青野  允*4

*1金沢医科大学救急講座 , *2東北大学医学部公衆衛生学教室
 *3札幌医科大学救急集中治療部 , *4道南森ロイヤルケア―センター

要 旨 1996年,厚生省は都道府県に災害拠点病院を指定した。全国の災害拠点病院にアンケート調査を行い,指定要綱に含まれている自己完結型DMAT(Disaster Medical Assistance Team)の整備状況を調査した。調査の結果,赤十字病院では自己完結型DMATの準備を整えていたが,全体では31%のみDMATを派遣可能と思われた。準備が進まない理由はスタッフの不足と要綱に詳細な指示がないために,編成や救援方法が正しく理解されていないことが考えられた。したがって,厚生省はDMAT整備のガイドラインを作成し,またDMATを統括して有機的に活用すること,さらに災害拠点病院の指定を再考する必要がある。

キーワード:災害医療チーム,災害拠点病院

INDEX


6.大地震発生時における東京消防庁の

救助・救急活動計画の概要と運用上の課題

水崎 保男

東京消防庁第七消防方面本部

要 旨 東京消防庁では,首都東京における大地震の発生に備えて,従来から震災対策を最重要課題に掲げ,さまざまな対策を進めてきた。しかし,阪神・淡路大震災は,近代的大都市を襲った未曾有の地震災害であっただけに,地震時における消防の救助・救急対策面においても多くの教訓を残した。消防の組織は,平素における災害対応を中心に整備されているため,大地震時に発生する災害に対しては,限られた消防力(人員・車両・資機材)をいかに効率的に運用するかがポイントとなる。それだけに,平素から地震災害に備えた救助・救急活動計画を立て,訓練を積んでおく必要がある。このため,阪神・淡路大震災の教訓を踏まえた大地震発生時における東京消防庁の救助・救急活動計画の概要を述べるとともに,その運用上の課題と解決策について若干の考察を加えた。

キーワード:震災対策,救助・救急,活動計画

INDEX


7.災害時におけるヘリコプター搬送

−大型ヘリコプターを用いた災害訓練の経験から−

本間 正人  大友 康裕  原口 義座  辺見  弘

国立病院東京災害医療センター

要 旨 平成10年9月1日静岡県総合防災訓練の一環として大型ヘリコプター(以下ヘリ)(CH-47J)を用いた後方搬送訓練に患者受け入れ施設として参加した。立川基地内に患者輸送医療拠点(staging unit)を設営し患者の搬出・搬送・情報伝達・トリアージ・病院搬送を行った。この訓練を通して,大型ヘリ搬送は大量の負傷者を同時に搬送可能な利点を有するが,離発着が可能な空港・ヘリポート等の災害拠点基地の事前選定・周知が必要であること,負傷者の送り出し・受け入れを行うためのStaging Unitの計画・訓練が不可欠であること,災害拠点基地を中心とした関係省庁との連携体制の樹立が必要であることを認識した。さらにヘリ搬送は多種有り,災害の規模,位置,状況等を考慮して柔軟に選択する必要がある。多様なヘリの使い方を事前に検討し,訓練することによりそれぞれの問題点が浮き彫りとなり適切かつ迅速な搬送が可能となるであろう。

キーワード:ヘリコプター,患者輸送医療拠点,災害空輸拠点基地,災害訓練

INDEX


8.「こころのケア・トレーニング・マニュアル」の

検討と再構築について

三谷 智子*1  林  春男*2

*1京都大学大学院情報学研究所 , *2京都大学防災研究所巨大災害研究センター

要 旨 本研究では,災害時の「こころのケア」を「被災者が自分で自分の力を引き出し,自分の状態に気付き,自分の資源を用いて立ち直るのを援助すること」と考える。阪神・淡路大震災以降,多くの「こころのケア」に関するマニュアル,報告書が出版されているが,分析の結果,従来のマニュアルでは,被災者,援助者の心理的側面に重点が置かれており,一方,震災後の教訓から被災者のニーズは,社会基盤や社会資源などの生活復興のための援助であった。このことは,災害時にトラウマなどの心理的反応に対してのみ援助するのではなく,精神面,物質面,情報面のすべてにおいて,その時もっとも必要とされるものを提供するという援助を行う必要性を示している。そこで本研究では,生活再建までの援助を含めた「こころのケア・トレーニング・マニュアル」を再構築した。

キーワード:災害時こころのケア,災害対応,生活再建

INDEX

 


9.台湾地震に対しての国際緊急災害医療支援の経験

青木 重憲*1  徐  嘉英*2  劉  孟娟*1  清水 徹郎*3
小芝 章剛*4  中村 燈喜*5  橋爪 慶人*6  鈴木 隆夫*7

*1茅ヶ崎特殊会総合病院 , *2羽生病院 , *3札幌徳洲会病院 , 
*4札幌東徳洲会病院 , *5宇治徳洲会病院 , *6岸和田徳洲会病院 , *7湘南鎌倉病院

要 旨 台湾地震は1999年9月21日現地時刻で午前1時47分に発災した。これに対してわれわれは民間団体としての国際災害医療支援を行った。延べ人数46名,25日間に及んだ。現地医療機関とも良好な協力関係を結ぶことができた。実際の診療のみならず,公衆衛生学的なアドバイスも行うことができた。とりわけ地震発災後における避難所において,トイレの重要性はややもすれば軽視されがちであったが,われわれは現地医療機関,住民と協力してこの問題に取り組むことができた。現地の被災民の立場を重んじながら,かつ適切な医療活動を行う重要性を認識した。

キーワード:台湾地震,民間病院,国際災害医療,環境整備

INDEX


10.台湾地震災害救済国際緊急援助隊医療チームの活動

近藤 久禎*1  小井土雄一*1  中田 啓司*2  多田 章美*3
毛塚 良江*4  宮崎 朋子*5  嶋田 英子*6  山岸  勉*5
藤谷 浩至*7  三浦喜美男*7  伏見 勝利*7  山本 保博*1

*1日本医科大学救急医学教室 , *2広島文教女子大 , *3豊中渡辺病院 , 
*4済生会宇都宮病院 , *5国際緊急援助隊登録 , *6北里大学付属病院 , *7国際協力事業団

要 旨 国際緊急援助隊医療チームの現在の課題は,派遣体制の確立から活動の質の向上へとシフトしてきている。質の向上を図るうえでは,状況の異なるいろいろな災害における経験の蓄積が重要である。そこで,台湾地震災害に対する国際緊急援助隊医療チームの活動を事例として報告するとともに,過去の経験と比較し,それらの災害救援との共通性,台湾地震災害救援の特異性について考察した。台湾が先進国であること,地理的に最も近接していることを背景に,特徴としては48時間以内の被災地入り,サイト選定過程,余震への安全対策,現地の診療所の代替機能を担ったことなどがあげられた。一方,疫学調査の重要性,災害サイクルに従った疾病の変化などは,いままでの活動と共通なものであった。今回の事例を,近隣の先進国・先進地域の事例として蓄積するとともに,他の状況との共通点を踏まえ,次の活動につなげていく必要があると考えられる。

キーワード:国際緊急援助,台湾,地震,疫学調査

INDEX