日本集団災害医学会会誌
第6巻 第1号 要旨集 2001年8月
JADM abstract Vol.6 No.1 in english
Tom P. Aufderheide, M.D., FACEP
監訳:鵜飼 卓(兵庫県立西宮病院 院長)
小池 則満 秀島 栄三 山本 幸司 深井 俊英
溝端 康光 横田順一朗 東平日出夫 矢嶋 祐一 中井 啓輔 井戸口孝二
4.短期間に反復した大震災を体験した患者の心理・精神面に
影響を及ぼす要因について笹川 睦男 吉永 和正 原口 義座 嘉川 忠博
5.日本赤十字社の有珠山噴火避難者に対する心理的支援プログラム
槙島 敏治
井 清司
伊良部徳次 渡辺 三郎 大江 恭司 中村 朗
杉山 宏 村上 信乃 益子 邦洋
―とくにチェック項目と評価について―
堀内 義仁 井上 潤一 大友 康裕
友保 洋三 辺見 弘 荒井他嘉司―九州沖縄サミットにおける拠点基幹病院としての対応と課題―
佐々木秀章 宮城 正剛 山城 正登
白谷 祐二
−赤十字国際委員会ディリ総合病院の現況より−
鈴木 伸行 栗山 康介 白田 尚道
Tom P. Aufderheide, M.D., FACEP
Department of Emergency Medicine, Froedtert Hospital East
監訳:鵜飼 卓(兵庫県立西宮病院 院長)
要旨 虚脱から数分以内に早期除細動処置を施せば心室細動(VF)による心停止からの完全蘇生率(神経学的後遺症を遺さない回復)が著しく改善することは,多くの研究の示すところである1-13, 15, 21, 25, 26, 33-37)。救急搬送システムだけでは必ずしも常に早期除細動を行えるわけではない。しかし,全自動除細動器(AED)を使用しpublic access defibrillation(PAD,一般市民による除細動)を行えば,虚脱から3分以内に除細動処置を施すことができる1-8, 21, 32, 34-37)。PADを実施するには,従来の法律を改定し,新しい法律を制定する必要がある。アメリカではこのプロセスに5年を要しており,その間強力な個人的リーダーシップに加えて,多数の保健関係団体が協同して一貫した集中的な政治的努力を傾けた。AEDを用いての体外除細動処置は,よりパッドの大きい二相波形のインピーダンスに基づく除細動によってより効果的に施すことができるようになった。AEDは簡単で使いやすく,費用対効果分析を行うと,命を脅かす疾病では,PADと第一対応者による除細動は,他の一般的な治療法と比較して経済的であることが判明した。効果的なPAD計画を実施するには医学的なリーダーシップが必要で,相当な時間と努力,計画の周知,細部にわたる注意,データの収集,さらに集中的かつ継続的な品質改善計画が不可欠である。しかし,その収穫は大きい。PAD計画では,心停止からの生還率が50%以上であるという。この方法は新しいパラダイムというべきもので,ついにその実用化が現実となった感がある。 PADプログラムが周到に計画,実施され,またAEDが心停止後数分以内に使用されれば,AEDによってVF心停止からの生還率はさらに上昇するはずである。PADでわれわれの地域社会を究極のCCUとすることによって医療従事者であるわれわれは,「心停止」というものをむしろ「生還可能なイベント」に変える機会を与えられているということができるであろう。
小池 則満*1 秀島 栄三*2 山本 幸司*2 深井 俊英*1
*1 愛知工業大学土木工学科
*2 名古屋工業大学社会開発工学科要旨 医療機関における災害対応は,単位時間あたりに到着する負傷者数とトリアージや応急手当のための医療スタッフ対応能力との関係によって混乱の有無が分かれると考えられる。そこで本研究では,負傷者が医療機関に到着する速度を医療機関ごとに求め,これを負傷者搬送計画の評価指標として用いることの有用性を実証した。具体的には,ガルーダインドネシア航空機火災のデータを用いて搬送活動の事後評価を行うとともに,新規に建設される空港を対象として指標値を求め,搬送計画策定に有用な情報を提供できることを明らかにした。
溝端 康光 横田順一朗 東平日出夫
矢嶋 祐一 中井 啓輔 井戸口孝二大阪府立泉州救命救急センター
要旨 [目的と方法]本邦のトリアージタッグの利便性,有用性を検証するために,60名の負傷者のトリアージ地区,救護所,搬送中の情報をもとにトリアージ訓練を施行し,記載されたタッグの内容を検討した。[結果]1次トリアージの実施者,時刻,場所,機関の記載頻度は各100%,100%,88%,83%であった。2次トリアージでのカテゴリー変更はのべ43回で,各項目の記入は変更者74%,時刻70%,場所49%,機関33%,変更理由44%と1次トリアージより頻度が低かった。医療機関収容までのバイタルサインが2回以上記入されていたのは39例で,測定時刻まで把握しえたのはわずかに16例(27%)であった。[結論]本邦のトリアージタッグは記入項目が多く煩雑で,記載漏れが多くなっていた。タッグの記入項目を再検討し,1次,2次トリアージの経緯,救命救急処置の経過を時刻とともに重点的に記載できるように様式を変更することが望まれる。
4.短期間に反復した大震災を体験した患者の心理・精神面に影響を及ぼす要因について
笹川 睦男*1 吉永 和正*2 原口 義座*3 嘉川 忠博*3
*1 国立療養所西新潟中央病院 *2 兵庫医科大学 *3 国立病院東京災害医療センター
要旨 [目的]短期間に相次いだ震災により精神不安をもつ患者群に影響を及ぼす要因について比較する。[方法と対象]前回と今回の震災で,@患者受傷,A家族受傷,B家屋崩壊の有無を聴取し,206名から回答を得た。前回の震災以後に不安・焦燥,無力感を示すA群と,今回の震災以後に同様の症状を認めるB群に分類し,一般疾患群と比較する。[結果]A群は69名,平均年齢36.9歳,B群は130名,平均年齢38.3歳,その他の精神疾患群は7名で,一般疾患群は827名,平均年齢35.9歳だった。A,B群は一般疾患群に比べ,女性の割合が有意に多かった。A群は前回震災の患者受傷,家族受傷,家屋崩壊と今回震災での家屋崩壊をもつ割合が有意に多かった。B群の今回の震災による患者受傷は,一般疾患群と比較してはるかに少数だった。[考察]A群はB群,一般疾患群とは異質な群を形成し,B群がA群に発展するものとはいえない。家屋崩壊はB群や一般疾患群がA群に発展する要因の一つである。
5.日本赤十字社の有珠山噴火避難者に対する心理的支援プログラム
槙島 敏治
日本赤十字社医療センター国際医療救援部・第二外科部
要旨 平成12年3月31日の有珠山の噴火に伴う避難者に対して,日本赤十字社北海道支部は4月1日,伊達赤十字病院内に心のケア・センターを設置した。伊達市と長万部市の避難所の調査では,避難者のストレスは避難生活自体から来るものが多く,さらに被害情報の不足や,将来への不安が多かった。この結果をもとに,医療救護班やボランティアの協力を得て3段階の心理的支援を実施した。健康教室やレクリエーション会などにより集団でストレスの発散を図るMass care,救護班の看護婦やカウンセラーが個別的なケアを行うPrivate care,心のケア・センターで心理士や精神科医が無料心理相談を行うSpecial careである。これは日本赤十字社にとって系統的に組織されたはじめての心理的支援活動であり,より多くの被災者を支援するためには心理的支援ボランティアの養成が必要である。
井 清司
日本赤十字社熊本県支部常備救護班/熊本赤十字病院救急部
要旨 災害訓練の評価を要請され,常備救護班員より,医師・看護婦・事務職各1名を1チームとして,4施設に検証チームを派遣した際,チェックリストを作成し,これに基づいて訓練評価を行った。チェックリスト作成の目的は,訓練施設に有益な助言を行うことを主眼とし,訓練評価に不慣れな班員でも,これを用いることで問題点の見落としを防ぎ,班員の個性にとらわれず,客観的評価を行うことにあった。チェック項目は,施設の防災体制,患者受け入れ訓練自体の評価,各種資料収集の義務づけなど基本的事項を幅広く網羅した。結果として,チェックリストを用いることで見落としが少なく,医師・看護婦・主事(事務職)のそれぞれの職種の立場で訓練を評価することは意義があることが確認された。また,訓練施設に共通して確認できたのは,基本はおおむね実施されているもののトリアージ・重症エリアなどが指揮者不在であり,対策本部の中枢機能に問題があることであった。
伊良部徳次*1 渡辺 三郎*1 大江 恭司*1 中村 朗*1
杉山 宏*1 村上 信乃*1 益子 邦洋*2
*1 旭中央病院救命救急センター
*2 日本医科大学付属千葉北総病院救急部要旨 千葉県における災害医療従事者を養成する目的で,2000年7月29日に千葉県健康福祉部と千葉県災害拠点病院連絡会議の主催で「千葉県災害医療セミナー」を開催した。行政,医師会,医療機関,消防機関など災害医療関係者321名の参加を得て,災害医療についての基調講演に続いて基幹災害医療センターの施設見学,ヘリコプター,レスキュー資機材の見学説明を行った。実体験セミナーではトリアージ,ヘリコプター搬送,confined space medicineの3部門について実戦的な訓練を行った。千葉県の広範な分野から参加を得たことで災害医療の人的ネットワークを構築できるとともに,多数の災害医療従事者の教育養成が可能であった。今後,災害拠点病院が持ち回りで年1回継続開催することで,千葉県全体の災害医療対応能力を向上させることが期待できると考えられた。
堀内 義仁 井上 潤一 大友 康裕
友保 洋三 辺見 弘 荒井他嘉司国立病院東京災害医療センター
要旨 種々の災害に対する対応マニュアルは,災害訓練の反省や職員・必要物品の変更に基づいてフレキシブルに改正されなければならない。コンピュータシステムを利用したマニュアルの運用は,これらの変更に容易に対応できる点で優れている。今回われわれは,災害対応部門(29部門)ごとの役割を災害対応用コンピュータからチェックポイント方式でレポートとして引き出し,実際に災害訓練を行い,部門責任者に評価してもらうことを試みた。評価したレポートは,訓練直後の反省会の資料として利用された。各チェック項目の評価を一覧表化し,点数化することによって全体・部門ごとの達成度と部門間の達成度の違いが即座に浮き彫りにされた。この方法は訓練を迅速に,正確に,客観的に評価できる点で有用であった。また,反省に基づいた改正点をコンピュータ化したマニュアルに盛り込むことは容易であり,次回の訓練に即応できることも大きな利点であった。
―九州沖縄サミットにおける拠点基幹病院としての対応と課題―
佐々木秀章 宮城 正剛 山城 正登
沖縄県立北部病院
要旨 九州沖縄サミット首脳会議が沖縄県名護市で開催されるにあたり,沖縄県立北部病院が医療対策本部より拠点基幹病院として指定された。地域住民への医療サービスに加え,要人収容,テロを含む集団災害への対応を求められたが,病院としての危機管理体制の構築や人的,物的医療資源の補強が必要であった。このため,マニュアル作成や除染装置訓練,集団災害訓練を通して院内体制の整備に努め,計画的な業務制限を行った。さらに厚生省(現厚生労働省)より派遣された大規模な専門医療チームの指揮命令系統を含めた受け入れ体制を構築し,サミットに臨んだ。結果的に要人収容,集団災害の事態は発生しなかった。サミットに向けた当院の対応を報告し,問題点を今後の課題としてあげることにより,さらに良好なシステムが構築できると考えられた。
白谷 祐二
東京消防庁要旨 2000年3月8日午前9時01分,営団地下鉄日比谷線中目黒駅付近において,電車事故により36名の傷病者を救急搬送した。消防機関は,消防隊,救急隊など75隊を出場させ,医師,看護婦など21名を協力要請した。消防機関への通報は発災から約7分後に行われ,その内容は火災通報であった。現場は約300mと広域的で,また,道路が狭いため救急車が現場救護所の直近まで接近できず,救護活動に支障を来したが,早期段階で通りかかった医師によりトリアージがなされた。[考察]このような現場では,災害実態の早期把握が重要であり,広域現場なほど活動が困難となり,指揮体制の強化が必要である。さらに,多数傷病者の発生が予想される場合は,指令と同時に医師を要請する必要がある。
−赤十字国際委員会ディリ総合病院の現況より−
鈴木 伸行*1 栗山 康介*1 白田 尚道*2
*1 名古屋第二赤十字病院救急部
*2 日本赤十字社国際部要旨 1999年9月に東チモールで発生した動乱後の赤十字国際委員会(ICRC)が行ったディリ総合病院の医療支援は,戦傷外科に限定しない医療を展開している。国際赤十字委員会外科医として当地に赴任中の入院患者の状況から,東チモールでの医療の現況を調査した。結果,2000年1月から3ヵ月間の入院者数は1,426人であった。平均年齢は22.8歳であった。14歳以下の小児は全体の35.6%であった。診療科別に分類してみると,内科入院が26.4%,産婦人科入院が26.4%,外科入院が24.4%,小児科入院が22.7%であった。疾病別では,産婦人科疾患の入院が377例(26.4%)であり,呼吸器疾患が276例(19.3%)。外科的疾患は19.0%であり,戦傷外科疾患はわずかに2例認められたにすぎない。熱帯性疾患は234例(16.4%)であり,多くはマラリアであった。