第5回日本集団災害医学会 緊急報告

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抄録(
一般演題1-24,25-56),シンポジウム,パネルディスカッション,緊急報告(臨界事故),特別講演


茨城県東海村臨界事故災害


K-1 放射線専門病院としての放医研の対応

放射線医学総合研究 放射線障害医療部

鈴木 元、明石真言、田野崎 栄、平間敏靖、中川憲一、黒岩教和、辻井博彦

 

 第3次緊急被ばく医療施設に課せられた任務は、?迅速な線量評価、?線量評価に基づく医療プランの立案、?必要な医療処置、?必要に応じてRI汚染管理、除染、そして内部汚染の処置などである。放医研は、放射線単科病院という制約があり、ICUや輸血部や化学療法部が無いなど「?必要な医療処置」に関しては限界がある。そこで、放医研は複数の高度専門医療機関に参加を要請し、緊急被ばく医療ネットワーク会議を組織している。このネットワークを介して日常的に人事交流を行い、有事の際にはネットワーク機関より医師の派遣や患者の転送を考えてきた。

 JCO事故に際しては、重症被ばくの2症例の?線量評価と?医療プランの立案、?初期治療、?RI汚染管理を行い、線量の低かった1症例に関しては、急性放射線障害が治癒するまで放医研で治療を行った。

入院10分後に、吐瀉物などの放射能検査により臨界事故であることをいち早く確定した。さらに当日中に前駆症状およびリンパ球の減少度合いより大まかな線量評価を行い、重症被ばくの2症例に関しては造血幹細胞移植の準備(HLAタイピング、SDD)を開始し、G-CSFの投与を開始した。血球の減少パターンからの線量評価に加え、血中Na-24からの線量評価や、染色体異常の頻度からの線量評価を行い、被ばく後4日目までに線量評価を確定した。染色体異常による被ばく線量推定値は、それぞれ20GyEq以上、約8GyEq、約3GyEqであった。6Gyを越す全身被ばく症例の救命率は低く、消化管障害、種々の感染症、敗血症、肺臓炎などにより患者は死亡する。今回、私たちは消化管障害に起因する2週以内の病態をコントロールすることに重点を置いて、医療プランを立てた。無菌室へ収容し、SDDと無菌食を当日より開始した。また、血管内皮障害の治療としてペントキシフィリン投与、消化管再生を促進する目的でL?グルタミンとエレメンタリーダイエットの投与、骨髄障害の治療として末梢血幹細胞細胞移植ないし臍帯血移植を計画した。また、後には放射線肺臓炎の予防として、ペントキシフィリンとトコフェノールの併用両方を行った。被ばく後3?4日は、全身性の浮腫とserositisの様相を呈したが、典型的な急性消化管症候群の発症は予防できたと考える。

 

 


K-2 「茨城県東海村臨界事故災害」?衛生行政の立場から?

厚生省保健医療局結核感染症課感染症情報管理室長 佐藤 敏信

 

1.はじめに

 -衛生行政との関係-

2.東海村事故の特徴

1)衛生行政の立場から見た今回の事故

2)概括

3.東海村事故の教訓

1)応援出動

(ア)自己防衛のための備品・携行品

(イ)実際の備品・携行品

2)疫学調査

3)その他

 


K-3  放射線被爆事故における緊急被爆医療ネットワークの役割

田中秀治*、山口芳裕**、島崎修次****

杏林大学救急医学 助教授*、講師**、教授****

 

背景:昨年9月30日、茨城県東海村にある株式会社JCOにおいて臨界事故が発生し、3人の従業員が高線量の放射線に被爆した。この患者の治療経過の概略を報告するとともに、放射線医学研究所や緊急被爆医療ネットワーク参加施設の役割を改めて検討した。

経過:高線量の放射線に被爆した3人の従業員は国立水戸病院での初期治療ののち約5時間後に放射線医学総合研究所(放医研)に搬送された。直ちに、内部被爆が無いことが鼻スメアにて確認され、被爆線量評価が行われた。この結果末梢リンパ球の減少速度と血液中のナトリウム24の濃度により、3人の被爆線量として、O氏17GyEq, S氏10GyEq, Y氏2.5GyEq程度であると推定された。国の防災基本計画原子力災害対策編で放医研は緊急被爆医療に関するネットワークを平成10年7月に設立したが(前川和彦委員長)、今回はこのネットワーク構成施設から、救急医学、災害医学、放射線専門家、血液内科学(骨髄移植)などの専門家が参集し、放医研を中心とした専門医治療グループを短時間で形成することができた。もっとも高い線量を被爆した最も高い線量を被ばくしたO氏は、放射線による強い骨髄抑制に対して骨髄幹細胞移植と集中治療の兼備した東京大学医学部附属病院に第3病日転院し、自血球抗原型の一致した妹から末梢血幹細胞の移植を受けた。その後骨髄機能は回復したものの、皮膚症状の悪化、消化器症状などが悪化し、3カ月に及ぶ治療の末、不幸な転帰をとった。次に高い線量を被ばくしたS氏についても幹細胞移植が必要になると考えられることから、第5病日に東京大学医科学研究所附属病院に転院し、臍帯血幹細胞移植を受けた。S氏はその後、両手、顔面、両下肢などの皮膚症状の悪化から、同種死体皮膚移植を受けたが、現在は予断を許さないながらもわずかながら快方に向かっている。これらの病院における熱傷、集中治療については、急性期の段階から長期にわたり杏林大学の救急医療チームが支援する体制をとった。最も低い線量を被ばくしたY氏については、放医研において、無菌室で骨髄抑制時期の治療を受け、骨髄機能の回復を確認した後、一般病室において治療し退院となった。

考案:緊急被ばく医療ネットワークがよく機能し、また、省庁間の連携が円滑に実施されたことにより3人の患者に対する高度の医療を行うことができた。特に、S氏の臍帯血移植や皮膚移植については、緊急被ばく医療ネットワーク会議での議論を契機に最近発足した臍帯血ネットワークや東京スキンバンクネットワークがよく機能した。緊急被ばく医療ネットワーク会議は公的な権限や効力を持つものではない。しかし、高度な被爆患者の治療は高度な医療技術や先端的医療とくに、熱傷管理を含む集中医療が重要である。そのためには、医師グループは、救急/集中冶療医、血液骨髄移植医、熱傷専門医、放射線専門医から構成されるべきで、施設としても、無菌で高レベルの集中治療室や熱傷治療室が必須である。今後、患者救命のため各分野の専門医の連携体制の強化と施設の効果的かつ効率的充実が急務であると考えられた。

 

 

 


K-4 国立病院東京災害医療センターの災害派遣医療活動

国立病院東京災害医療センター 救命救急センター

徳永 尊彦、井上 潤一、本間 正人、大友 康裕

原口 義座、友保 洋三、辺見  弘、荒井他嘉司

 

【はじめに】国立病院東京災害医療センターは1999年9月30日に茨城県東海村で発生した核燃料施設臨界事故に際して医療班を派遣したので活動経過に若干の考察を加え報告する。

【災害派遣概要】派遣期間:1999年10月1日?4日の4日間。

派遣職種・人員:医師3名、主任放射線技師1名の4名1班。医師は受診者の問診などを、放射線技師は線量測定を担当した。

活動1:1日?2日午後まで国立水戸病院が実施した被ばく健診に従事。

活動2:2日夕方?4日まで茨城県が実施した東海村の住民健診に従事。

健診内容:受診者の発災当時の所在、その後の行動などの聞き取り。発災時から受診時までの健康状態に関する問診。受診者の健康上の不安や疑問、放射線汚染などに関する疑問への対応。

【考察】

(1)本邦で未経験の臨界事故は目に見える人的あるいは物的被害に乏しい災害であった。

(2)事故の原因、被害状況、今後の人的影響などについて正確な情報の提供が少なく受診者の「不安」の解消に健診は少なからず貢献できた。(3)住民健診の早期実施は発災時の受診者の行動などを当時の記憶が薄れる前に記録できた点でも有用であった。

(4)今回のような極めて特異な災害における健診では担当医への早期の事故概要等の情報と専門知識の提供が重要であった。

(5)災害派遣医療班の職種別構成は画一的ではなく災害の種類や派遣先の要請に応じた調整も必要である。

 


K-5 被曝患者を搬送して

国立病院水戸病院麻酔科 松前孝幸

 

平成11年9月30日発生の臨界事故患者3名を国立水戸病院より放医研までヘリコプターにて搬送した。

再重症患者のリンパ球分画は2%と高度に低下していたが、全身状態については緊急度は低かった。これより搬送途中は2次被曝、汚染の防止に注意を払った。患者の体は放射化しており吐物 も放射能を帯びていた。患者をビニールシートで覆ったのは汚染防止に効果があった。

今回の事故に対する問題点の一つとして、患者の発生が事業所 内であったことが挙げられる。茨城県の作成した原子力事故を想 定した“緊急時医療活動マニュアル”では一般公衆を対象にしており、事業所内の事故については明確には触れていない。

今回の臨界事故ではわれわれの施設で初期治療を担当したが、 被曝患者には外傷がなく、3名と少数であったことは幸であった。

今回の経験より核関連事業所内での爆発事故等による放射性物質汚染を伴う多数外傷者発生時の対応についても検討しておくべきだと感じた。

 


K-6 臨界事故災害:情報公開の意義について

電気通信大学大学院情報システム学研究科 田中 健次

 

1999年9月30日に発生した東海村ウラン加工工場臨界事故に際し、水野(京都女子大学)、越智(愛媛大学)、田中は、周辺住民の事故後の健康状態を推測し対策を立てるため、救急医療メーリングリスト(eml)(http://apollo.m.ehime-u.ac.jp/GHDNet/jp/)における議論を経て10月5日「臨界自己周辺住民の健康状態推測と対策のための緊急提言」を表明、関係省庁、行政機関、ML等へ送付した(http://apollo.m.ehime-u.ac.jp/GHDNet/99/rinkai.htm)。

 

・提言1:放射線モニターの測定結果に関する詳しいデータ公開とその解釈の公開

      <専門家向けのデータ公開と市民のための「解釈」の公開の両方を重視>

・提言2:事故後の住民家屋内での中性子線量の緊急調査

      <推定精度を上げるための測定方法の具体的な提案>

 

(1)事故対応は「情報集約型」から「分散対応型」へ

 従来の事故対応では、対策本部や一部の専門家が対応するという方式が取られている。そこでは情報集約が前提であり、判断や情報流布までに時間がかかり過ぎる。今や関連情報を集めるのではなく迅速に発信し、多角的な観点からの知見や支援を期待すべきである。

 

(2)情報を「待つ」から「自ずから獲得」へ

 災害時には医療も含めて多くの対応活動が必要となる。必要な所に必要な情報を「流す」システムでは情報が届かないことが多いため、必要な人が自主的に情報を「獲得できる」情報公開型のシステム(の併用)が望ましい。情報が難解の場合には解釈付きのデータ公開を、時間が無ければ生データの公開だけでもよい。専門家はデータから解釈ができ、一般市民は解釈に基づき自ずから判断することができる。状況理解が対応活動の基礎である。

 

(3)再発時の迅速対応には情報公開と共有が不可欠

この種の事故の裏には、多くのインシデント(アクシデントに至らない潜在的事故要因)が隠れていることが多い。多くの要因が絡まった複合事故ととらえ、また対応プロセスにおける多くの問題点を整理し、それらの問題防止策を共有することが望まれる。関連情報が公開され共有・記憶されることで医療社会全体の免疫力アップが期待できる。